生きるという事

NPO法人土田の里は障害を持たれた様々な人たちが利用されています。年齢も4歳から65歳を越えた方も利用されています。私たちNPO法人土田の里は障害を持たれた人たちの為に活動していますが、ここでいう障害を持った人たちとは一般の概念とはやや違う認識を私たちは持っています。

障害というと、発達障害、精神障害、様々な疾病により生じた障害などがすぐに頭に浮かびます。

しかし、障害という言葉文字を考えてみればどうでしょうか。誰しも生き方に生きにくさを感じているように思います。悩みを抱えながら生きている、人間関係に悩んでいる、お父さんが失業した、両親が離婚した、学校を途中でやめてしまった、経済的理由から進学できなかった、家出を繰り返し大変な状況に落ちてしまった、両親への反発から思わぬ行動に出てしまった、いろいろ数えていたらきりがありません。子供の貧困率も話題になっています。子供の貧困は家庭の貧困でもあります。

こうした様々な障壁を見ながら、体験しながら生きている人たちも生きていくための障害を抱えているといってもいいのだと思います。

土田の里は6年前に自立援助ホーム(ソレイユ)を立ち上げ経営させていただいています。定員6名の女子を対象とした小さなところです。利用されているお子様の背景は様々です。しかし共通しているのは生まれ育った家で生活できない、あるいは家はあっても帰れない深刻な事情などが共通の事情としてあげられます。ホームレス状態のお子様もいました。着る服も満足に持っていないお子様もいました。あとは察してください。

ひるがえって土田の里の他の事業所見てみたらどうでしょうか。特に、就労継続支援A型事業所では2か所の事業所とも食品を扱っています。弁当販売、いちご、花、そしてチーズですが、この中のチーズは販売価格も高く設定されており、毎日食べるというのは現実的ではありません。

もし毎日、少しでも食卓に上るとしたらそれは比較的恵まれた環境に生活している方たちであることは間違いないと思います。しかしソレイユで生活されている利用者は今はともかく、ソレイユにくるまではどうだったでしょうか。それを考えると高価なチーズを作り、販売することはどうなんだろうと考えてしまいます。

障害の話からチーズの価格の話まで飛んでしまいましたが、生きることのむつかしさ、何が正しい生き方なのかそれさえもわからなくなる現代。これも障害の範疇に入るのではないでしょうか。

チーズを作っていますが最近疑問に感じることが多くなりました。いちごも作っていますが高級な高価ないちごが話題になります。高価なもの高級なものこれが普遍的なとはとても思えません。

かたや、子供の貧困率の問題。いびつな構造になっているのではないでしょうか。

チーズを作ることと、こういう様々な問題は相反する社会にあるように思います。

ソレイユのお子様たちの毎日の支援をさせていただきながら、片方では富裕層を相手としたチーズを作る。考えさせられます。チーズ工房を含む土田の里の弁当やいちごなどは誰のために作り、販売しているのでしょうか。割り切って考えればいいという人もいますが、チーズを作っている我々はなかなか割り切れません。大きな障壁です。どなたか教えてください。